--/--(--)
Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
- Category : スポンサー広告
- Comment
- Trackback
|
カレンダー
天気予報
Blog Pet
ご訪問者数
FC2ニュース
只今の時刻
最近のコメント
プロフィール
Author:Joe 最近の記事
月別アーカイブ
最近のトラックバック
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
|
--/--(--)
Ads by Google新しい記事を書く事で広告が消せます。
04/12(Thu)
前進の為に
丁度今位、春位の時期だろうか。昨年もこの時期にエキストラを一本受けたのだが、今年も一つ依頼が入ってきたのでお受けさせていただく運びとなった。某世界的なOS会社の管弦楽団であると。楽しみ。そして、M,S双方においての活動も再び動き出した。Pも勿論動き出してはいるのだが、大所帯な上に何だか会社の仕事を仕上げていくようなデジタルさでサクサク動くところがあるところと、先ずは本番というよりもツアーと帰国定期の指揮、KBKN氏との顔合わせの方にどうやって合わせるかというところになってくる。芸術監督のKMT氏によれば、KBKN氏のアマチュアを振る時の「飴と鞭の政策」を心得て置くようにと。猫撫で声を出すように優しい時もあるが時として怖いほどに厳しい時がある。しかし、それは後者の時程オケが良い方向に向かっているという意思表示であり、マエストロが本気モードに入ったということだから、確りと付いていって欲しいと。闘志が滾る。
しかし、M,Sの本番の方がそれより先なので、勿論そちらも抜かりなく望む事は当然の事。 Mではブラームスの大祝がTOPで引き続き千夜一夜物語がセカンドとなる。 本番指揮者は、細かく緻密だ。 塾長がよく我々にヒンデミットのリズムトレーニングを強化合宿で課題に強いていた。縦のラインと、旋律という横のライン。それをグループで縦(手で机などを叩く)そして、横の旋律の部分は歌う。(記譜上の音を歌う。後半で難度が上がるとそれにソルフェージュが加わる。) 先日のヒンデミット氏自身が書いたテキストから。これほどのテキストが未だ日本で邦訳化されたものが発売されていない。序章のところにはヒンデミット氏のコメントとしてこうある。 「4分音符、8分音符。こうした基本的なリズムにおいて基本的な音を正しい長さで演奏できない者が音楽大学生においてさえこのように多いことに自分は大変驚かされている。」 ウィーンのジ先生からのレッスンから1年が経とうとしている。 「もっと、分けて、Nein!ただ短く吹くのではありません!」 「正しい音の長さで、明確に。音を分けるという感覚を忘れないように。即ち、楽曲が正しい旋律で明確に聴衆に伝わる長さです。そうなっているつもりという『思い込み』のアーティキレーションではいけません。」 先日のMでの指揮者はこうしたことに特に拘泥する指揮者だった。否、ヒンデミットやジ先生の教訓を日々のものとしてトレーニングをしていればこうしたことにはならなかったと思う。その後のM飲み会でも話したが、これが出来ていないからといって、この部分だけを引き続き「思い込みアーティキレーション」のまま何度練習しても同じだと思う。ジ先生の例などを挙げても、アーバンなり、エチュードから見直す必要があるだろうと。ゲッカー氏の名言に面白い言葉がある。「初見という言葉は存在しない。必ず、一度エチュードで出会っている筈だ。」と。アーバンなりのエチュードはこうした役割に加え、初心に戻って今一度明確な客観的に捉えて明確なアーティキレーションを磨きなおす鍵を握っていると俺は思う。そしてこうしたところまでにメスを入れていただける指揮者を選ばれたM技術委員会に俺は今回大いに感謝したい。 シェラという楽曲をやるのであれば、吹奏楽そしてオケでも一度やったことがあるだけに言わせて頂ければ、非常に重要な点がある。それは、『打楽器』だ。特に終楽章においてはタンバリン(滅茶苦茶重要だが)等小物をも含めてオケの縦のラインと、荒ぶる海という情景を演出する2つの大事な役目がある。先日の練習で「本日は打楽器が全員揃うのですよ。」と誰かが言っていたがこれはどういうことだろう。基本的にこんなに打楽器が重要な曲、揃って当たり前なのではないか。しかし、このパートの残念さはトラに多くを依存している為、面子を揃えることがMならず他の多くのオケにおいて、一つの到達点になってしまっている。到達点はパートとして、オケの仕上がりに確りと追従してゆけることに他ならない。一度別の団体でシェラをやった時に悲しくなった。弦、管共に分奏やTuttiで折角仕上げたものが、そこでやっとエキストラが揃った打楽器により大きく足を引っ張られた。貴重な合宿での合わせの時間に、Bドラの叩き方の個人指導を指揮者がする始末。そんなものはパート分奏で事前解決しておくことではないのか。Tuttiの最大の目的とは、弦、管、打すべてのパートが指揮者からの要請に応じて随意に調整可能な状態にして臨み、指揮者による調整を重ねて必ず毎回最低+1歩の結果を生み出すことだ。「個人」の調整はTuttiでやることではない。分奏や、パート練習で行うことだ。例えばソロ、特にカデンツアなどで指揮者の好みに合わせてTuttiで調整するのは本当の意味で調整であるのでそれは良しとしても、俺も含め、上記のようなジ先生に教わったようなエチュードで鍛えておかれるべき課題を個人単位でオケ全体の時間で多く費やされる事は正直、恥と思うべきである。勿論、今回突っ込まれたのは向こうとしてもその要望があったからであり、次回直してゆけば良いのだが、一番いけないのは同じ間違いや不十分さをTutti毎に繰り返すことだ。先週から何も進歩していないね。と言われようものならばこれは本当の恥であり、同時にオケに対する罪になってしまう。 Sでの練習も着々と進んでいる。指揮からも言いたい事は伝わってくるのだが、どうも練習の展開の仕方に問題あり・・・。止め過ぎだな・・。と思う。しかし、S,P共に大きく評価できるのは・・・。パート内部での自主的なパート練習、分奏の呼びかけが凄い。少し早めに集まってパート練習しましょう。この部分を合わせる次のパートの分奏を行います。そうした声がMLで絶えず飛び交っており、それに応じて、全体スケジュールがウェブ上で迅速にUPDATEされていく。パートウェブサイトのようなものがあり、練習ポイントや質問なども平日の間に塗り込められて行っている。Pについては平日でも自主的に集まり、パート単位でプロのトレーナーに見てもらいながらパー練を平日に行い、Gレッスン代などを団が一部援助してくれている。 Tでマーラーをやる時にトランペットパートにおいては初見の前にパート練習が行われた。Tの技術委員会でも、初見大会を本当のド初見大会にするのではなく、パートで解決できる事はパートで解決してから初見に臨もうという姿勢があった。このオケへの恋慕が更に深まった瞬間だった。Tuttiではパートリーダーのみならず奏者個人単位で付箋をたくさん、その人が考える要所に貼り付けたスコアを大勢が持参してくる。そして、他のパートが指揮者から指摘されている時もスコアでしっかりそれを追っている。Tでそれを目の当たりにした時に、上手いオケとは本当に草の根単位での努力、精進があるということを悉く思い知らされた。 かのオケは上手いとかランクとか・・・・。多くのオケに乗ってきたがその裏には一つの事実しかない。上記のようなまるで学生の部活のようなことが、忙しい社会人という環境で自主的に踏み込めるかどうかだ。 M,S,I,T,Pどこも個々奏者の実力は変わらない。纏まって皆でネジを締めなおし、そしてプラスの方向に前進できるかどうか、それだけの差だと思う。俺は正直自分自身の腕前も含め今はやや、Mの打楽器に不満だ。それは個々の技術レベルへの不満でなく、練習においてもっと揃った人数で分奏なり、Tuttiなりで我々と合わせる機会が少ない事。もっと一緒にやらせて欲しい。それが望まれる。 とりあえず、このような駄文でなく、端的に技術委員会に提案はしてみようとは思うが二度は言わない。却下されたら、このオケでは駄目なのだなと直ぐに諦め、Pなり他でそれは実現させたい。 吹奏楽時代での管・打の合わせは、地獄の様に厳しかったし、俺も指揮時代においては火の様に厳しくした。『一糸乱れぬ縦のライン』。それには、古臭いようだがもう一歩、部活のように大の大人が自主的に合わせるしか前進への道は無い。
|
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
Powered By FC2ブログ
メールフォーム
|
Trackback
URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
PR: 海外インターンシップ情報
アメリカのビジネスインターンシップを専門にご紹介しております。本当のアメリカのインターンシップの情報を詳しくお伝えします。 ...
Maxtone MM-08HH
500)※写真に掲載されているハイハット、スタンド、取り付け用のクラッチ等は付属いたしません。・タンバリン・9/2 GANGA ZUMBA/SUMMER SESSION UM at SHIBUYA-AX・年に一度のお楽しみ・うにゃ。・お久しぶりです・・・。・たくさんの方々に感謝と有り難 ...